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地震、津波、火災

まず、被災された方々に、心からお見舞い申し上げます
テレビの報道に、そのすさまじさに震える毎日です

おかげさまで私どもは無事でした
長男が神保町の会社から6時間かけて家にたどり着いたのがニュースくらいです
会社を夕方6時に出発して、帰宅が0時
歩道は同じく帰宅する人たちで溢れ、肩がぶつかるほどの混雑振りだったそうです
徒歩スピードは他の人たちと同じにしないとならなかったといいますから
子連れとか、高齢者は難しかったことでしょう

私は好天が続くので、11日午後から泊りがけで、成田線と常磐線水戸以遠に行く予定でしたが
何ということもなく、出発を一日延ばしていたたところに、地震が来ました
撮影旅行は初日だけ宿泊先を決めていくのが最近の常ですが、こちらの意思が定まらず、出発が遅れていました

12日14時46分、地震は長時間ゆれました
リビングの電気の傘がゆれているのを不思議に思っている次の瞬間、やってきました
大きな横揺れで、上下動は感じられませんでしたが
長く続きました
もう収まるかと思っても止む気配がありません
ついに東海沖地震の発生かと屋内から庭に逃げ延びながら考えましたが
もっと遠いところの地震だと直感しました
しかし場所の特定などは出来ませんでした

この日は柿生に住む妻の妹が手伝いに来ていました
帰りに車で送ると停電の箇所がいくつかあり、信号も機能していませんでした
久しぶりの都会の暗闇に、終戦直後を連想しました

この暗闇にまた、常磐線最後のSLを木戸~広野間に撮影に行ったことを思い出しました
線路から山すその宿泊先に向かうとき
車を止め、ヘッドライトを消すと
周囲は真の闇で驚愕、感激した思い出です

このときのメンバーは
臼井茂信さん、三森康亘さん、宮田寛之さん、田沢義郎さん、そして私
1000CCのブルーバードの定員通り5名でした
このときのSLは「はつかり」C6223はじめ、C61,C57などが次々やってきて壮観でした

このとき私のカメラはニコンF
作品は「Fの時代」にプリントされています

木戸~広野は数回訪れています
最初に行ったとき、あまりにもすばらしかったので
皆さんに声をかけました
でも往路、あまりの重さでブレーキの効きが思わしくなく故障と思ったほどでした!
男5人、機材まんぱんではさもありなんです

その後この区間は山側の新線に移行し、海側には東京電力火力発電所が作られたのです
今回事故のあった原子力発電所は、この少し北寄りに位置しています


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