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80歳に・・・

ヤフーにこんな記事が出ました。
とても好意的で、しかもよくまとまっています。
ご覧ください。そして・・・
毎日新聞をご愛読ください~




毎日新聞 11月21日(土)7時14分配信


<鉄道写真家>草分けの広田尚敬さん80歳に 今も先端技術でけんいん

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 鉄道写真家の草分けとして知られる広田尚敬さんが19日に80歳を迎えた。現役第一線の写真家として今も全国の鉄道を撮り続ける広田さんに、鉄道写真の魅力を聞いた。【米田堅持】

 ◇最初から電車

 広田さんは東京・芝で生まれ、大学までを都心で過ごした。子供時代の遊びといえば野球か電車遊びだった。電車遊びから模型に興味を持った広田さんは、巻き尺を手に駅で車両を計って模型作りをした。しかし、駅で実際に計れる場所は限られていたことから、写真を撮影して電車のディテールを研究した。

 「当時使ったカメラの一番早いシャッター速度は100分の1だから、動いている車両が止まらずぶれてしまう。だから流し撮りするしかなかった」と当時を振り返る。蒸気機関車(SL)は上野に行かないと撮れなかったことや、都心は戦前から電車が走っていたことから、主な被写体は電車だった。

 ◇自分だけの表現を

 高校在学中の1950年代から、鉄道写真の「型」にはまらない独自の表現を追求した写真を発表してきた。57年に大学を卒業後、商事会社に1年勤務して独立したものの、当時は資料性を重視した鉄道写真が当たり前の時代で、広田さんの写真はなかなか理解されなかった。「人が写っているのはだめ、花を入れるぐらいなら車両を大きくと言われた。自由な写真があっても良いのではと思うのに……。(雪をかき分けて進む)ラッセル車どころの騒ぎじゃなかった」。自ら求める写真と、従来タイプの鉄道写真との溝がなかなか埋まらなかった時代をこう表現した。

 転機は68年に開いた個展だった。鉄道ファン以外の一般の人が、鉄道写真に興味を持ってくれた。また、同時期に米国の雑誌で特集され、海外でも注目されるようになった。広田さんの写真が掲載された雑誌の読者の声に押される形で、徐々に認められるようになった。

 ◇最先端の技術を味方に

 広田さんは、80歳を迎えた今も、新しい機材や技術の研究を怠らない。本格的にデジタルカメラを使い始めたのも99年と、まだフィルムが主流だった時代だ。

 「写真は機材がないと伝えられない。デジタルになってデータ整理が楽になっただけでなく、1枚しかない原板が戻ってこないといったトラブルも無くなった」と、デジタル化のメリットを強調する。

 現在も、高精細の4K動画で撮影した映像から静止画のスチール写真にして雑誌や書籍に掲載するなど、今なお最新技術の研究を怠らず、鉄道写真の世界をけん引する機関車として走り続けている。

 ◇長く続けるならマナーを守って

 広田さんが今、最も心を痛めているのは、「撮り鉄」と呼ばれる鉄道ファンのマナー違反だ。「私の周囲で撮影している人のほとんどはマナーの良い人ばかりだ。運行を妨げたり、人の邪魔をするような人は長続きしない」と話す。


 ◇記念列車も

 鉄道以外にも飛行機や船など、乗り物全般を撮るのが好きな広田さんだが、印象に残っている写真を尋ねると「14歳の時に撮った湘南電車」と答えたが、そのすぐ後には「SLのC55のスポーク動輪は向こうが透けて見えていいよね」と笑顔を見せた。

 広田さんは、鉄道写真家の草分けということもあり、古くからのファンも多い。29日には、大阪市の阪堺電車で、12月5日には千葉県の銚子電鉄で、広田さんの80歳を祝う記念電車を有志が借り切って走らせることになっている。
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