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「アサヒカメラ」9月号・・3

友人のYさんから、木村伊兵衛さんの写真を見たとメールが来ました。
しかも、あの写真のセンター近くに写っている、ホーローの駅名標識が家にあるというのです。

「書体が一世代あとのもの」
とご本人は控えめですが、すごいお宝です。
しかも、持ち主は奥さんだそうですから。2度びっくり!
「妻は鶯谷から芝の学校に通学していて懐かしくて大昔に
ゲットしたお宝です」

IMG_5808.jpg

鶯谷から根津にかけては、戦前、文人墨客が多くすんでいたことでも有名な住宅地で、
森鴎外、永井荷風、横山大観、竹久夢二・・・
木村伊兵衛さんも、たしかこのあたりにお住まいだったように思います。

それで、改めて伊兵衛さんの写真を見てみると、
センター付近に写っているホーローの駅名には、
「うぐひすだに」とあります。
撮影は1948年、旧仮名使いなんですね。
蝶々を「てふてふ」と書いていた時代です。

iheesannDSC01829.jpg
「アサヒカメラ」2015年9月号より(部分)

「うぐひすだに」が、「うぐいすだに」となったのはいつごろのことでしょう。
太平洋戦争が終わったのが、1945年、
皇国、戦争一色の国民学校が、学校改革(6-3制)で小学校になったのが、1947年ですから、
新仮名使いも、そのあたりから世の中に浸透していったのかもしれません。

仮説ですが、伊兵衛さんは駅表記が「うぐひすだに」から「うぐいすだに」に、
近々変更になることを知って、このスナップを撮ったことも考えられます。
幼いころから慣れ親しんだ駅表記が変わるのです。

掲載の写真を見ると、そうした考えも妥当に思えてきます。
これまで少し疑問もあった、ホーローの駅名板の画面上の位置、中央付近であることが、なんとなく理解できるような気もします。

バルナックライカを手に、電車を待つ間の狙いが、ホーローの看板にあったとすれば、中心狙いのレンジファインダーで、中央に距離を合わせるのはしごく妥当です。駅名板を含む柱は、垂直だから、横位置での距離合わせにはうってつけです。
(M3の発売は1954年)

もしも前後のショットがあれば(たとえば駅名板のアップがあるとか)、狙いは明白になりそうですが、発表はされていません。
現在、伊兵衛さんのネガ、コンタクトプリントは、個人の方が管理されています。

いずれにしても、Yさんの奥さん所有の駅名板から、新たな方向が見えてきたのは、大収穫でした。



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