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031、「あけぼの、583、日本海、津軽平野 秋・冬」

●031
「あけぼの、583系、日本海、津軽平野 秋・冬」

すべて列車の走行シーン。秋、冬、2つの季節に撮影。
主演「あけぼの」 助演「日本海」、583系ほか 

動画  3分57秒
撮影: 2011年 9月 8日
    2013年 3月 3日
制作: 2013年11月17日


●031 動画エッセイ
「あけぼの、583系、日本海、 津軽平野 秋・冬」

この冬が最後となりそうな予感がします、冬景色は。いえいえ予感ではありません。すでに決定です。車両の老朽化やメンテナンスを考えると、過酷な気象条件の最後の真冬を、乗り切ることが出来るでしょうか。

あるとき、青森発日本海側経由、上りの個室寝台に乗車していました。終着駅上野が近づいてきたので、とりあえずデッキに出て東の空を見ようとドアノブに手をかけました。ところが、開かないのです。スライドドアだから横に引けばいいだけなのに、動きません。何回もトライしましたがだめです。車掌さんに直接連絡するすべもありませんでした。
病院などでは入院患者のベッドサイドに、ナースコールがあるそうです。押せば看護士さんが、「どうしましたか」と駆けつけるそうですが、そのようなものはブルートレインにはありません。仮にあったとしても、命がどうこうというわけではないので、押すことはためらったことでしょう。上野に到着したら、係員が乗客の下車を確認に来るはずで、そのときを待てばいいだけです。もしも来なければ、しめたもの、めったに入れない車庫まで行けるかも知れません。
そう考えたら気持ちは楽になりました。デッキに向かう乗客たちの足音が、やがて、開かない扉の向こう側から聞こえてきました。
夜は静かで、乗客は私一人と思ってましたが、結構な数の足音が聞こえます。どんな人たちだろうと、開かないはずの扉に手を当てました。ところがどうしたことでしょう、開いたのです。え、なんで?これでは車庫に行けないではありませんか。
どうやら構内進入のポイントのゆれで、故障が直ってしまったようでした。

「あけぼの」は、1970年に誕生しています。SL全廃の5年前のことでした。私たちファンは、この列車について、3つのエピソードを思い出すでしょう。
一つは2本あった「あけぼの」の1本が「鳥海」になり、本来の「あけぼの」が廃止になったものの、「鳥海」が再び「あけぼの」の名に復活したことです。
二つ目は、本来、奥羽本線経由だった「あけぼの」が、山形新幹線関係で陸羽東線経由となり、ここでDE10の重連に牽引されたこともエキサイティングなエピソードです。深夜のため、撮影は厳しかったことも話題になった列車でした。
三つ目は、使用客車です。「あけぼの」は、最後まで20系を使用していたブルートレインとして親しまれてきました。
20系の誕生は、ビジネス特急「こだま」20系(後の151系)とほぼ同時期、1958年10月(「こだま」は11月)です。それまでの客車は1台単位で、列車の性格によって集め、組み立て、構成されていました。それが20系から単位は1本の列車になったのです。ほかの客車を連結することはなく、列車は20系だけで構成されました。色彩は深みのあるブルー、これも人気の要因でした。ブルートレインはその後、ご存知のように14系、24系、24系25形と進化してゆきますが、最も優雅な形態をした20系に憧れを持ち続けたファンは沢山いました。
「あけぼの」は1980年、24系にバトンタッチするまで、20系を最後の最後まで使いぬいた列車だったのです。

津軽平野は豊かな広がりを見せています。その中央にそびえるのが岩木山。地元の人たちは津軽富士と、親しみをこめて呼んでいます。平野に独立している山だけに、奥羽本線、五能線、弘南鉄道、どこからも見ることができます。
031では、「あけぼの」「日本海」が、山裾をゆったりと走る姿を眺めることができるでしょう。この区間は「つがる」E751系も走っています。019「奥羽本線鶴ヶ坂驟雨」では峠の先で彼らを捉えていますので、そちらも見てください。気分爽快になりますよ。

2013年12月21日



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