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NHK「昼前ほっと」に

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先日NHK「趣味の園芸」に、妻が出演しましたが、
その映像が、そのまま 1 Ch の「昼前ほっと」で放映されます。

またまた告知するのが遅れましたが、明日・・・

7月1日 11時からの総合テレビ、「昼前ほっと」 内で。
この番組、関東地方のみだそうですが、たいへん評判が良かったようです!

お楽しみに~

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庭の妻です。

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初めて趣味の園芸に出た頃の映像も流れました。
司会は森みどりさん。

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趣味の園芸

おはようございます
今朝、せい子がNHK「趣味の園芸」に出演します。

NHK Eテレ 
8:30から
「時代をつくった花たち」がテーマです。

ハーブに関して、40回以上番組出演しましたが、間違えなく、
日本の庭や植え込みの花や植物が変わりました。
いえいえ、食生活も変わりました。
時代のエピソードや、思い出、希望などを短い時間のなかで語ると思います。

どうぞよろしく~

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宮沢賢治「銀河鉄道の夜」広田尚敬

宮沢賢治の名作「銀河鉄道の夜」を体感する最も感動的な方法を、まず記したいと思います。
物語のおおよそは、ご存知だと思います。
舞台は二人の少年がSL列車に乗って、銀河(天空)に向かう空想世界です。

東北新幹線に乗車して、新花巻で下車します。
釜石線に乗り換えたら、しばらくキハ101の揺れに体を預けて、山に向かいましょう。

そして、気に入った小さな駅に停車したら、迷わず下車してください。
短いホームは列車が見えなくなると、静かな、たたずまいに包まれることと思います。
夏なら木陰にベンチがあったら最高です。
日差しが恋しい季節なら、太陽の光を浴びて温まったホームに、直接座ってもいいでしょう。

環境に馴染んだら、あらかじめ用意したヘッドホンを耳に、音楽を再生してください。
「銀河鉄道」の物語を頭に描きながら、ドヴォルザークの9番、「新世界」を聴きましょう。
賢治お気に入りの交響曲です。

決して難しい曲ではありません。
日本の鉄道が、新橋~横浜間を開通した20年後、アメリカで作曲しアメリカをテーマにした交響曲です。
多少の民族的メロディが心に浸透し、きらきらした輝かしさと、力強い希望を感じるはずです。

人は誰しも挫折を経験します。賢治とて例外ではありません。「新世界」はそんな賢治の心をいやし、希望をも与えたと思うのです。

旋律を奏でる各楽器の特徴がはっきりしているのは、何より感動的で、レコードの再生能力を意識しているようでもあります。
私は特にメリハリのあるティンパニーの使い方が気に入っています。トンネルを抜け出た機関車のようだし、オーボエの甘い旋律からは、遠く行く軽便鉄道を想像出来ます。人によっては、45分間の全編、添乗車窓風景と感じる方もいるでしょう。
トライアングルも使用していますが、賢治が聴いたSPレコードでは、おそらく再生されなかったたことと思います。いえ、もしかしたら彼、上京して帝国劇場などで生演奏を聴いているかもしれません。「新世界」の日本での初演は1920(大正9)年、賢治25歳のときでした。

「新世界」かどうかは不明ですが、賢治は生のオーケストラを聴いているかもしれません。
「銀河鉄道の夜」には、「青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈しく振りました」という描写もあります。
(映画でも見ることは出来ましたが・・・)

賢治は大の音楽好きでした。
花巻のレコードショップの売り上げは極端に高く、問屋さんからでしょうか、表彰されたほどだといいます。
「銀河鉄道の夜」では、4つの西洋音楽が登場しています。

 モツアルトの歌劇 「ドン・ジョバンニ」
 リストのピアノ曲 「ラ・カンパネッラ」
 ドヴォルザークの交響曲9番 「新世界」
 モツアルトのピアノ曲 「きらきら星変奏曲」

このうち、文章の中に、静かな旋律が流れてくるのは「新世界」で、
前の2つは、物語の主人公の名前になっています。
少年、ジョバンニと、その友人、カンパネルラです。

「キラキラ星」はピアノ曲ですが、
賢治が東京まで習いに行った、チェロでもメロディを弾くことができます。
まったくの初心者でも、ものの5分とかからずに奏でることが可能なので、
成功の感激は、賢治も大きかったと思います。
(私は昔バイオリンで試したが、弦2本、指で押さえるところ2か所。それだけOK)

「カンパネラ」は、似た名前がアンデルセンの文章(自伝的小説、「即興詩人」、文体影響あり)にも出てきますが、
和名のツリガネ草(ホタルブクロ)は自生もしているので、馴染みの花だったことでしょう。
東北地方での栽培も容易です。
とても可憐な花姿なので、私は最初、文中のカンパネルラは女性かと思ってしまいました。

私が最初に「銀河鉄道」の本を開いたのは、小中学生の頃だと思います。
しかし、わずか数行で挫折しました。理由は主人公たちの横文字の名前です。
思惑違いの大ショック。日本民話の延長だと考えていたからです。

2回目は中高生の頃でしょうか、床に入って寝ながら読みましたが、すぐに眠りに入ってしまいました。
3回目は「サライ」のインタビューの直前でした。これは今年(2016年4月)。
「感想を」とか、「普段の生活で影響を受けていることなど…」といわれても、やばいことに、その時点でまだ最後まで読みきっていなかったのです!
一旦考えてしまうと、なかなか前に進めませんでした。

しかし、ジョバンニという主人公の名前の意味合いは、子どもの頃はまったく気づきませんでしたが、モツアルトの歌劇のタイトルから来てたんですね。これはこれまでどなたも指摘していないようです、なぜか・・・。
物語のドン・ジョバンニは放蕩息子という設定ですが、女たらしの代名詞、ドン・ファンが下敷きになっています。

友人の名前、カンパネルラは、ピアノ曲から付けられました。当時のSPレコードの場合、オーケストラでのピアノはほとんど消えて、存在が危ぶまれるほどですが、ピアノ曲なら大丈夫、メロディと雰囲気はしっかり理解できたと思います。
(実は私は、SPレコードコレクターです。大部分オーケストラやソナタなど)

ところで、賢治の物語には、対比が良く出てきます。
「シグナルとシグナレス」もそうですが、活発すぎるドン・ジョバンニに対して、穏やかな感じのカンパネッラ。
それから、地元の日本人が横文字の名前に対し、いつの間にか乗車してきた外人、タイタニックでの遭難者が、和名になっています。きくよねえさん、とか、タダシ、とか・・・。

面白い対比ですが、ここではもう一つ対比があります。
モテすぎ、ドン・ジョバンニに対し、まじめすぎるほどの賢治。
モテない賢治(失礼)。
ひょっとしたら、主人公に若干の憧れを篭めていたかもしれません。

賢治の文章を、ひもとくと、憧れがみえてきます。
賢治自身が西洋文化にあこがれていたことが理解できます。
それも、東北人特有の憧れといったら過言でしょうか。

東北生まれの、賢治だけがとりわけ憧れが強かったわけではありません。
賢治ほどではないにしろ、周囲の人々もそれなり、異文化に引かれていました。
賢治の父親の職業(の一つ)は古着屋でした。山陽や四国で求めた古着を売って、生計を立てていたようですが、
ほどほど高価なのによく売れ、裕福でした。
周囲の住民たちが、柄や材質の異なる西の異文化に憧れを持っていたからこそ。

しかし賢治は、西洋をはじめとする異文化がすべてよし、東北はだめ、という構図ではなく、
地元東北もこよなく愛しているところなどは、先輩の石川啄木と同じようで、好感が持てます。

憧れの西洋文化は、「銀河鉄道」の2章から3章に渡る数行にも、ぽろぽろと出てきます。
銀貨、鞄、パン屋、角砂糖、紫ケール(キャベツ)、アスパラガス、日覆い、靴、牛乳、トマト・・・。
中ほどでは、白い十字架や、ハレルヤもでてきます。

驚きは、白い羽を頭につけたインディアンが弓矢を持って、銀河に行く列車を追いかけてくるというのです。
上野か浅草で、西部劇を観たのでしょうか・・・。
映画は最先端の西欧文化でした。

西洋文化そのものもそうですが、そのほかの新しいものも大好きでした。
鉄道という新しい乗り物には、大いに興味を抱いていたようで、身近な東北に新線が開通すると必ずといっていいほど乗りに行っていました。部分開通した五能線にも乗車しています。
新線乗車区間に関しては、詳しくまとめている研究者がいますが、
「銀河鉄道」こそは、賢治自身が敷いた、最も重みのある“新線”です。

賢治が初めて汽車に乗ったのは、いつのことでしょうか。
定かではありませんが、小学校の修学旅行で花巻から盛岡に行ったときのように思います。
車内から眺めた驚きの光景は、「銀河鉄道」の中に生かされています。

列車から、距離の異なる2つの物体、たとえば手前にある電柱と向うにある電柱が、列車の進行に従って一つに重なり、離れていくという光景がとても印象的だったのでしょう。
初体験ほど、こうした印象は強く残るはずで、物語では二つの建物の屋根にある飾り、サファイアと、トパースの重なり離れていくようすが描かれています。

「銀河鉄道」のモデル鉄道は、賢治の地元、岩手軽便鉄道が定説になっています。
たしかに文章の中には、
「小さな列車が走りつづけていたのでした」
「夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車窓に」
というように、軽便鉄道と記されていたり、それらしい描写があります。

しかし私は、賢治が経験した鉄道すべてがモデルであると思います。
それは、「銀河鉄道」執筆が、かなり後期と思われ、各地の鉄道の乗車経験を持った後だからです。
夜行列車や昼の列車で、たびたび東京にも向かっています。
そして決定的なのは、文中にクロスシートの描写が、何回も出てくることです。

岩手軽便のレール幅は、762mmです。したがって車体幅も狭く、すべての客車がロングシートでした。
わすかに、魚沼鉄道から来たマッチ箱車輌(ロ30~33番)(外寸1676mm)(岩手軽便では並等)が、貫通扉のない連結面に座席を設け、サイドの窓を背にしたロングシートと一体化して、L形配置にしていました。それだけです。

文中の車内描写で、クロスシートならではのものを記しますと、たとえば、
「大人の声が、二人のうしろで聞こえました」
とあります。ロングシートなら声は前から聞こえてくるはずです。

軽便の車輌はすべてロングシートなのかというと、例外はあります。
片側だけクロスシートというのが、知る限り2例。下津井電鉄と草軽鉄道にありましたが、いずれも外板は鉄なので
かなり後期に作られたもののようです。

そのころ車内照明は、すでに電灯になっていました。でもロ30~は天井にわずか1個だけ、それも暗いものでした。
文中、室内灯のことが、2回出てきます。
グローブにカブトムシがとまっていて、影が大きく天井に映っているということと、夜汽車の中で
「姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから」
というくだりがあります。
軽便の室内灯は、たとえ目覚めでも、そこまで明るく感じないので、東北本線(鉄道院)列車での経験のように感じます。

「荷物をゆっくり網棚にのせました」
という文章もありました。
岩手軽便の客車に、網棚はありません。軽便車輌は天井が低いので、網棚の設置が出来ないのです。

銀河鉄道に乗ったジョバンニとカンパネルラの行き先は、定まっていませんでした。地上を離れるにしたがって、
「ごとごとと汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進みました」

そんな車内で、乗客の一人、灯台看守がリンゴを振舞いました。
「黄金と紅でうつくしくいろどられた大きなリンゴ」です。
「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派なリンゴは」
一人の青年が尋ねると、
「この辺では農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束になって居ります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種さえ撒けばひとりでにどんどんできます」

私はこうした文章に、農学校で教鞭を執る賢治の挫折と理想を感じました。
米ですら年毎に大きな収穫変化があるこの時代の東北地方です。そこで従来農法や新しい理論と実践を教えることの困難さに直面していたことは、容易に想像できます。布団に寝付くことが出来ず、闇の中に立ち尽くしたこともあったことでしょう。

賢治の記した物語のタイトルは「銀河鉄道の夜」となっています。
単に「銀河鉄道」でもいいし、「私の銀河鉄道」でも良かったように思います。
しかし、「夜」にこだわったのは、理由があってのことのようです。

賢治は闇の中で汽車を見ました。
夜というのは不思議なことに、音を明確に捉えることが出来るのです。
何度か経験するうちに、夜汽車のライトが川面に映る光を“発見”します。
これが、岩手軽便と本線を対比した「シグナルとシグナレス」にも生かされていますが、
賢治は、闇の中に光と希望を見出したのです。

輝きと、人が生きていくための希望。これこそが「銀河鉄道」のテーマになっています。
そのための対比として「夜」が必要だったのです。
「銀河鉄道の夜」には、車窓からの描写が数多く出てきます。

「青いカンランの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながら・・・」

「じっと川の微光を受けて」

「ひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石のように露がいっぱいついて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした」

「いまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました」

これらが夜のシーンであることは定かで、
「ジョバンニはもう(窓から)頭を引っ込めたかったのですけれども(車内の)明るいところへ顔を出すのがつらかったので・・・」と夜汽車であることを表しています。(カッコ内は広田記入)

闇夜があるから、光の描写が生き生きとしてきます。
見事なコントラスト、対比が生かされて、賢治らしい文章が成り立っています。

生きる希望については、サザンクロスステーションで下車する子どもたちと神について語るところがあります。
下車して天井の神のもとに行くより、我々と一緒にもう一つの神のもとにゆきましょうと誘います。
「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です」
という言葉をちりばめながら、宗教的観点から、人の幸せを解こうとしています。

そうしたフレーズと共に私は、鳥捕りの言葉に、がってんしました。
「ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな」
この人生訓が私のこれまでの行いに当てはまっていたことに驚くと共に、
お金のためのみに、あくせく働く愚かさを改めて知る思いがしました。

私は賢治の作品すべてに目を通しているわけではありません。
読んでいないほうが多数を占めています。
そうした中で、もう一つ私の生きてきたこれまでと合致するものがありました。

それは、マグノリアを捜し求める賢治です。
私、広田は自己の作品を100%満足に思ったことは一度もありません。
常にもう一歩前をと、よりよいものを求め、気がつけば今日に至っていました。

物語の主人公(諒安。この場合賢治としたい)が、マグノリアの白い花を求め、厳しい山谷の刻みを、いくつもいくつも越え、靴の底が抜けながらも捜し求めます。
マグノリアは、モクレン科の総称で、この場合、絶対的幸せの象徴、覚者の善といわれています。
捜せど見つからず、疲れ果てて、ふと、今自分が渡ってきた方向に目をやると、霧の晴れ間に咲きそむるマグノリアがあったというものです。

不勉強の私は、この5月まで、賢治の本は所有していませんでした(子ども時代は別として)。しかし、彼の言葉が私の生きてきた道程と当てはまることに、正直恐ろしさを感じています。
本来この稿では、自分の経験は切り離し、賢治の考え方だけを記すつもりでしたが、筆がすべりました。

「銀河鉄道の夜」は、彼の死後発見された原稿で、未完です。抜けている箇所もありますし、まとまった推敲もされていません。
たとえば、母親の記載も、お母さん、おかあさん、おっかさん、と一定ではありません。
タイタニックの災難にあった女の子も、かおる、かおる子、かおる姉さん、姉、女の子、とさまざまです。
原稿は間をおき、慈しむように記していった表れと思われますが、そこに、前へ前へとあくなき追求を憚らぬ現代社会への警鐘も伺えるようでならないのです。



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「サライ」2016年6月号は、宮沢賢治特集号でした。今年は生誕120年だそうです。雑誌の発売直後に紹介するつもりでしたが、仕事の撮影などで遅れてしまいました。

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宮沢賢治の有名な写真です。彼はクラシック音楽ファンで、ベートーベンの交響曲6番「田園」も好んでいたそうです。それは教鞭を執る農業ともかかわりがあるからでしょう。この写真は注文して田園で撮影してもらったというエピソードがありますが、もう一つ、私は秘密を感じます。それは一回り上で同時代を生きた竹久夢二ファンでもあったようで、カメラの右下を見る目線にそれが感じられます。シャイな賢治は、そのことは誰にも伝えなかったことと思われます。(サライ2016年6月号より)

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「銀河鉄道の夜」の原稿です。自身でかなり手を加えていますが、パソコン原稿ではこうした移ろいが分からなかったところでしょう。丹念に見ていくとさまざまなことが理解できて、貴重な資料です。(サライ2016年6月号から)

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本文のいち部です。(サライ2016年6月号より)

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掲載されていた、岩手軽便の写真です。大正2年ころの貴重な写真で、北上川を渡る花巻発の下りミキスト!
イギリス海岸はここから数キロ左になります。(サライ2016年6月号より)





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里山SL列車

う~ん、、、、
小湊鉄道の里山SL列車を見たとき、言葉がありませんでした。

SLの形をしていれば、お客は来るだろう、、、といった発想が伝わってくるようで、
やるせない気持ちでした。
訪れた日は雨模様だったので、天候のせいにしたいところでした。でも、いただけないのです。

産業用機関車の形をしながら、C11のようなボリュームにしたかった、そこからしておかしさが伝わってきました。
カメラアングルを考え、欠点が出ないように撮影したのは、長年の経験からですが、
少ない予算なら、なおのこと、無駄のないよう、
乗って頂くお客さんに喜んで頂くような、雰囲気を醸し出してほしかったというのが正直な気持ちです。

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どうせ観光客だから、何回も来るわけではない。適当にさばければいい、というようでは、
いまのSL観光列車を売りにしている、一生懸命な会社にとってもマイナスイメージです。

新造にしては、小湊のSL列車には、夢がありません。
ノスタルジックでもないし、ロマンチックでもありません。
可愛らしさもないし、迫力もないのです。
残念です。

迫力の点では、石炭をたく本物のSLに負けますから、可愛らしさを売りにすべきだったでしょう。
無味乾燥すぎます。
全体に大振りなのも良くありません。

方向転換つきの、伊予鉄道は、ぼっちゃんSLを参考にしなかったのでしょうか。
豊島園のSLを、ご覧にならなかったのでしょうか。
遊園地のSLなんか、といわないでください。あちらの方が出来も思想もしっかりしています。
いずれも動力はディーゼルです。

客車もいけません。
オーバーサイズです。
客室ドアがこれまたいけません。
通勤形ディーゼルカーの、キハ30系を連想する外吊です。

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外吊りドアは安全で合理的かもしれません。
安全は絶対的ですから賛成ですが、合理性はどうでしょうか。
合理的生活から逃れたい人々を癒す観光施設という認識を忘れたのでしょうか。

SL列車を走らせるという発想は、素晴らしかっただけに、無念です。

これからSL列車を走らせる計画のある鉄道会社があったら、ヨーロッパの保存SLを参考にして頂きたいと思います。
たとえばオランダ。ここは1435mmの広軌ながら、可愛らしい軽便の雰囲気を醸し出しています。
スイスもしかりです。

どこの国のどんなところを参考にしたらいいか分からないときは、
絶版ですが、私の「ヨーロッパのSL」をお貸しします。
とてもとても参考になりますよ。

SLの形や鉄道の雰囲気もさることながら、
お客さんに喜んで頂くには、どうすればいいのかという、最も大切な要素を学べるからです。







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ライカのレンズ

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梅雨の晴れ間に、ライカレンズの虫干しをしました。
ガラスに発生するカビ防止のためです。
ズミクロン50mm沈胴式と、キヤノン35mmF2、F1.4の計4本見当たりませんが、
きっとボディに装着のままなのかもしれません。
いや、ズミクロンは1本親しい方にお貸ししたままなので、見当たらなかったのは3本。

虫干しだったのに、たな卸し?も兼ねてしまったみたい・・・・

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写真展写真

3日の名取さんの
「編集長敬白」に、今回受賞の記念写真が掲載されていますが、
そこに写っている、山岸伸さんから写真撮影させてほしいと依頼がありました。
なんでも近々、男性ポートレート写真展を企画されているそうで、
カメラを手に、泉と一緒のところを、と。

ずいぶん前、CAPAの仕事で一緒に東川に行ったとき、スナップしてもらった写真を、
私の、「電車の写真家」(岩波書店)に掲載した経緯があります。

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久しぶりにお会いしましたが、
彼、九十九里に出城があるそうなので、小湊とか、いすみ鉄道あたりがロケ地になりそうです。

楽しみ・・・


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広田ボーイズ

私の作品に刺激され、自分も、と、写真や映像の世界にはいった方々は、これまで1000人ほどです。
どちらかというと、映像の方が多いのが昨今の傾向です。

テレビスタジオなどで、
「私は00の写真に刺激されてこの道に入りました。今でもその本、大事に持っています」
と声をかけられたりします。

今回のパーティでは、9人の方から挨拶されました。
人とすれ違うのがやっとという狭くて混雑した会場で良く私を見つけてくれたと話を聞くと、
みなさん、広田ボーイズです。

新聞社勤務の方、フリーランスカメラマン、映像会社の社長さんなどなど多彩です。
共通点は、私の写真の虜になって今があるということです。

みなさん、幸せそうな笑顔が印象的でした。



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功労賞のこと、あるいは最近の写真界のこと

昨日、賞をいただいたことを、このブログにアップしましたが、
名取さんが

「編集長敬白」
http://rail.hobidas.com/blog/natori/

にもお書きくださるそうなので、昨日より、もう少し詳しく記すことにします。

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受賞後、2分間スピーチがありました。
共に受賞した、桑原史成さんは、さすが上手に、分かりやすく2分でまとめられましたが、
私は若干オーバーしてしまいました!

内容は下のような趣旨。
この文量では、かなりオーバータイムになりそう・・・なので、実際のおしゃべりでは修正しました。

“こんばんは、広田です。
身に余る賞を頂き、ありがとうございます。
会長さんはじめ、日本写真協会の皆様に、心からお礼申します。
また、選考委員、関係者にも、お礼申します(本音です)。

私のデビューはおよそ50年前のフジフォトサロンでした。
プリントは、今回賞を受けられた写真弘社さん、めがねをかけた精悍な柳沢さんが担当してくださいました。
おかげさまで写真展は「サロン始まって以来の大盛況」と、
所長の大場栄一さんが語るほどでした。

以来、幾多の書籍や写真展を通し、私の作品に感動した、多くの広田ボーイズが誕生しました。
少なく見積もっても100万人はくだりません。
その影響が基になって、写真、映像業界で働くボーイズだけで、およそ1000人もいます。

とはいうものの、当初、写真雑誌や批評家の間での鉄道写真は、まったく問題視されませんでした。
大の男が電車ごっことはキ印だ。婦人科でもない社会科でもない、精神科だと。これは世の中の風潮と一致していました。

しかし最近はカメラ雑誌が鉄道特集を組んだり、
テレビコマーシャルでは鉄道や鉄道ファンが登場するほど、メジャーな存在になって来ました。
世の中の推移、時代変化のおかげです。
したがって、このたびの賞は時代が頂戴したと私は解釈しています。

鉄道写真は趣味写真の一分野です。
趣味写真には鉄道同様、各分野に魅力溢れる作品と作品要素が存在し、
数の上でも写真界を代表する一大分野に成長しています。
専門分野ということで、評価の対象外におかれているのは、
写真普及、向上の面からも、残念なことです。

趣味写真はちょっとした知識と、勇気、愛情があれば理解に至ります。
皆さんのパワーや導きを期待して止みません。

本日は、ありがとうございました。”


大体このようなことをお話しするつもりでしたが、
修飾形容説明をするうち省略を怠り、後半の趣味写真のことは、ほんの一言しか触れられませんでした。

冒頭部分で、実は写真界からの賞は、今回が初めてですと語りましたら、
皆さん驚かれていましたが、事実です。

時代を変えたのは広田さん自身ではないですか、と終了後、暖かい声をかけてくださる人も何人かいらっしゃいました。

ところで、今の写真界の主流はどのようなものでしょうか。
人物、ルポルタージュ、モノローグ、機材や色調の変化・・・、
多岐に渡っているようですが、私にはどうも行き詰まっているようにも見えます。
体から湧き出たものではないので規模も小さく、小手先作品が多いのも気になります。

私は今回感じたことは、比較ということが作り手側にも、発表媒体(主に雑誌)側にも、批評する側にも存在し、
これが曲者になっているのではないかということです。

Aという既存の作品があったとします。なにか作品らしいものをつくりたかったPという人が、Aをベースに、たとえば色調に変化をつけて、Xという作品を作ったとします。
雑誌編集者は先月号に比べ、Xには新しさがあると採用。評論はこれまでの作品A,B,Cなどを引き合いにしながら、Xを語ります。
すべてがこうとは言いませんが、このような比較の循環があるように感じます。
現代日本の写真は、おおむね比較文化である、と。
とりあえずそうしたものの善し悪しは別として、
そこにオリジナリティの存在はあるのでしょうか。

写真に感性が大事であることは言うまでもありません。
ルポルタージュの場合は、下調べも大事です。
鉄道撮影では安全への配慮が不可欠です。
そして物を制作する人にとって、もっともベーシックで大切なものは、オリジナリティだと思うのですがどうでしょうか。
いま、自分の作品にはオリジナリティがあると胸をはれる人は、何人いるでしょう。

作品のオリジナリティを発揮できる分野があります。
それは趣味写真です。
動物など、動きや表情の豊かな分野は、いい作品が存在しますが、
大部分は思い切った挑戦のできる分野です。
ほぼ未開の分野が多いのです。
なぜならそこには、比較(模倣)対象に値する作品がないので、ちょっとしたことでも、オリジナリティにあふれた作品が制作できるのです。

同時にその世界も、新たな血流を感じる作品が現れたことで、
当然、作品比較が生じ、一定レベル、その世界の作品向上が自然発生します。
一定レベルですが、ランクアップします。
鉄道写真が良い例です。

でも、それも良いことばかりではなさそうです。
比較対象を得た後発作品が、新たな血流の作品に近づくのに、多くの時間が費やされると、対象が必要な評価の表れも遅れる可能性大となります。

世の中に認められたり、賞をいただけるのは、ひょっとして50年後?!
それも運がよければ?!

写真界にも、世の流れの影響もなく写真を見る目の確かな優秀な評論家や指導的役割の人は、必ずいると思います。
しかし、察するに、多くの関係者の意見を尊重してまとめる民主主義の方向性が強い場合は、これからも従来方向から離れられない無難、安定の保守的方向が続いていきそうな気配を感じます。
抵抗も少なく、安易だからです。

この世の中、本気で物事に取り組んでいる人は、何人いるでしょうか。
本気で挑み、本物を発表している人を見極められる人は、何人いるでしょうか。
比較の法則は長生きしそうです。

(民主主義そのものを否定するものではありません)

当日放映したスライド4点を披露します。
いずれも40~50年前、フジフォトサロンにデビュー前後の作品です。

レイアウト用① D51無心の煙
D51、無心の煙り

レイアウト用② C55スポーク動輪の先
C55、スポーク動輪の先

レイアウト用③ SLは冷えた鉄塊ではない釜は灼熱の炎
SLは冷えた鉄塊ではない釜は灼熱の炎

レイアウト用④ SL全廃の日の早暁
SL全廃の日の早暁


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功労賞

実感がわきませんが、功労賞をいただきました。
昨日はそのセレモニーが都内であり、出席してきました。

写真は、日本写真協会会長さんから、賞状を受け取る私です。

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いただいたブロンズです。
線路と・・・車窓の私?

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モンゴルの鉄道写真

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これ、モンゴルの鉄道光景です。
モンゴルの、鉄道写真家が捉えた写真です。

中国やアメリカにも大パノラマがありますが、ここ、モンゴルのパノラマも魅力に溢れています。

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テムーレンさん、彼の作品です。
実は昨日、彼に始めて会って、モンゴルの魅力を知りました。
彼、“広田ボーイズ”です(広田ボーイズに関しては後日説明)。

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6月13日まで、新宿ニコンサロンで、彼を中心にしたモンゴル写真家の展覧会が
開かれています。
必見!

さらに・・・、いかがでしょうか、どこかの鉄道趣味誌で、
彼とモンゴルの大パノラマの特集を組んでください。
魅力溢れる場所なので、やがて日本人も大勢行き、傑作を物にするでしょう。

その前に、オリジナリティのある彼の作品で紹介してください。
誰もが友好を旨としたいと思うので、その辺りのマナーをわきまえた掲載をお願いします。

写真展開期中は、おそらく彼、日本に滞在されているのではないでしょうか。

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レイアウト用P1790176

この書籍に、彼の作品が掲載されています。

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