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新年早々大爆発

このブログを見た、友人の吉木康雄さんから、緊急のメールが入りました
あの黒ずんでいた樹脂の溶けたところが皮膚につくと、大やけどをしたそうです。

「このドロドロは、化学反応と高熱で、付着すると皮膚を溶かしかねず、ケロイドになって残ります。あたかも戦時中、成層圏を飛んだ大型爆撃機、B29が、日本を絨毯爆撃した焼夷弾の中にこのドロドロ様の物質があり、人々が浴びて、大火傷になったのを思い出します」

東京大空襲では、何万の人が焼夷弾の犠牲になっています。もしかしたらあのときと同じようなことが、知らないうちに現代の家庭に入り込んでいる恐怖は、一体どこに持っていけばいいのでしょうか


こちらは梅原淳さんからのメールです。
役立つ情報だと思いましたので梅原さんの許可を得てご紹介させていただきます。

ブログで拝見いたしましたが、バッテリーの爆発事故には大変驚きました。お見舞いを申し上げますとともにお怪我のなかったことに胸をなで下ろしました。

 恐らく爆発事故を起こしたバッテリーはリチウムイオン電池かと存じます。ニッケル水素電池との比較を記した記事が
http://allabout.co.jp/computer/digitalcamera/closeup/CU20050129A/
にございましたので、ご参考までにお送りいたします。
 また、泉さんにもお送りしたのですが、ノートパソコンのリチウムイオン電池をなるべく長持ちさせるための秘訣を記したホームページも紹介いたします。
http://www3.coara.or.jp/~tomoyaz/higaax08.html#080101

 ところで、一番上の記事にもありますとおり、トヨタのプリウスの電池を調べてみましたらニッケル水素電池でした。しかし、JR東日本のキハE200系の電池はリチウムイオン電池だそうで、理由はわかりませんが、恐らくニッケル水素電池では重すぎて走行できないのだと思います。

 カメラ用電池といいますと、EOS-1D用は長いことリチウムイオンではなく、ニッケル水素電池でした。それまでの機種との互換性にこだわったかと存じますが、超ヘビーデューティな使用条件でもトラブルを越さないようにとキヤノン側の配慮があったのではないかと考えられます。

 ブログで追記された吉木さんの文面を拝見して、東京大空襲で大やけどを追っていまも足に大きな傷跡を残す父親のことを思い出しました。当時6歳だった父は万世橋で焼夷弾の直撃を受け、父の母、姉、兄、そして母におんぶされた弟の下にいたために奇跡的に助かりましたが、他の家族はすべて命を落としました。父はそのことには気づかず、気がついたときにはニコライ堂に運ばれていたそうです。 
「男の隠れ家」の芸備線の記事の中では、広島市内で被爆して芸備線に乗って逃げた方の話も載っておりました。
1994年に亡くなった母方の祖父も立町(たてまち)という爆心地から700mほどのところで被爆し、自宅のある八本松へと逃げ帰ろうとしましたが、市内電車はもちろん、山陽本線も広島駅ではまくらぎが燃えていて列車が走っていなかったそうです。線路を伝って走り、海田市まで行ったところでやっと列車に乗ることができたといいます。八本松、そしてその先まで列車が運転されていたということから、1945(昭和20)年の8月6日という日も山陽本線では瀬野-八本松間で補機を連結していたということもわかりました。

 正月早々物騒な話題となってしまいまして申し訳ございません。この後はすべて明るいことばかりとなることを願います。



いきなりでした
目の前のDVDプレーヤーから白煙が飛び出しました
3方に噴出した煙は不透明で重く、濃厚なドライアイスのように卓上を這い、波のように広がっていきます

装置は稼動状態ではなく、電源OFFで、蓋は閉じられていましたが、充電中でした
一瞬、間があったものの、すぐにコードを外すと、息子の一人が外に運び出しました。素手で

厚手のテーブルクロスは円形に焼けただれ、火は裏地を通して木製の机にまで達していました
次男がすぐに、近くにあったコップの水をかけたので、炎上にはいたりませんした
ところが、一同、室内の出来事に気をとられ
胸をなでおろしかけたその時
外で、ポーンと乾いた爆発音が! 同時に火花が飛び散りました

火花は数箇所に散り、枯れ草に燃え広がります。恐ろしい
火事になると思いました
次男が、直ちに消火器を手にして庭に飛び出すと、手早く噴霧


発生現場。プレーヤーは外へ運び出し、卓上の火を確かめているところか


火災発生直後、庭(デッキ)のテーブルへ。手は3男


燻るプレーヤー。この後地面に置き、一同室内の火災現場に。その直後、爆発し、火花が


次男が消火に活躍。以上4点長男撮影


わずかな時間で消火に至りましたが、なによりも兄弟3人、力を合わせての素早い対応が功を奏しました






爆発した機器と、焼け爛れた外見部分。翌朝の撮影

このポータブルプレーヤー、DVDソフトを鑑賞するためのもので、息子たちがお年賀として妻にプレゼントしてくれたばかりのものでした
せっかくの気持ちが台無しです

そのとき、開封された機器は、輪になって5分間ほどソフトを鑑賞したあと、充電のために机に置かれていました
机はおよそ90センチ幅。私は機器からわずか30センチの至近距離に座っていました
燻る匂いなどしなかったので、本当に一瞬の出来事でした

外に持ち出してから飛び散った部品や火花は、最大5メートルに達しています
これでけが人がいなかったのが不思議です
大人7人、子供2人、有毒と思われる煙をふんだんに浴びた(特に私は)ものの、外傷がなかったのは奇跡でした

私は普段、カメラの充電は気をつけ、周囲に燃えるものがないことを確かめていました。しかし、一晩そのままの状態であったり、時にはそのまま出かけることすらありました

電池は怖いものだと改めて知りました
多くのトラブルが発生しているそうです
個々の事件を知らされていないだけだそうです
皆さん、くれぐれも、ご注意ください

梅原さんからの第2信では、広島の原爆に関する記載が更に細かな部分に触れていました
以下は、梅原さんの御祖父さんから、直接聞いた話だそうです。
「立町より、さらに爆心地に近い紙屋町(電停があります)で助かった人は、10人でした。その方々が肩を寄せ合い、その後”紙屋町10人会”を結成しました」

ロンドンからも、お見舞いのメールを頂戴しました
フォガティさん、ありがとうございます
みなさんにお騒がせして恐縮です


新年大爆発の関連記事が、「広田せいこのハーブガーデンダイアリー」「広田泉の携帯日記」にそれぞれアップされています
ニュアンスが異なるので、3つあわせると1つになる感じです
一つの例が爆発音。そのとき、聞いた場所にもよりますが、表現が異なっているところにも興味が走ります
それにしても恐ろしい一夜でした
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