2007年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年05月

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自由が丘で乗り換え

世田谷線の写真をアップしたこともあって、本線のほうもお見せしましょう。
撮影したところは自由が丘。
時は4月12日午後3時を少し回った頃でした。


5000系が3本並びました。もう少し正確に言うと、左から東急5861、Y504,Y506です。



東横線の階段を降りると、大井町線のホームです。



車内は8082.この電車で二子玉川へ。

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世田谷線で

久しぶり「ビデオsalon]を求め、パラパラと眺めていたら、下高井戸シネマというところで、ドキュメント映画の上映をしていることを知りました。

だいたい夜一回だけ上映というのがこの手の作品の定番だそうですが、この日は昼間ということで、のこのこ出かけました。前日までに主だった仕事がすべて一段落したこともあって。

家からは田園都市線で三軒茶屋へ、そこから世田谷線です。降り続いた雨も上がって木々の緑がさわやかです。


ドアガラスに運転手さんのシルエットを配しました。


現役でしょうか、風呂屋の煙突が車窓から目に付きました。四角もあり、オヤと思っているうちに後方に。

環状7号とクロスするところで、「特急田中3号」の広告が目に入りました。すかさずキャッチ・・・したと思ったらアウトフォーカス。

カメラ機種ですか、LX2なんですが、立ち上がり時間が問題かもしれません。
泉がブログでなんか云っていますが、東川で対決か。


下高井戸にやってきました。時間があったので世田谷線をスナップ。

映画は定石通りというのでしょうか、天気よく、ぽかぽか陽気に誘われ、途中居眠りしそうで困りました。


終わったのが12時過ぎ。昼食は世田谷線の発着が見えるイタリアンで。
すぐにカメラを出してスナップです。




この後は中野へ。本来ならそのまま新宿にでて中央線ですが、止せばいいのに明大前で井の頭線に乗り換えて永福町へ。ターミナルからのバスは、なんと20分ヘッドでした。





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「二本のレールが語ること」東川写真展開催

北海道で写真展が開催されました。
場所は旭川の隣接町、東川文化ギャラリーです。
旭川空港から車でわずか10分の距離にあり、写真の町として全国に知られています。毎年行われる写真甲子園の舞台としても有名です。



2007年4月18日~5月7日  10時~17時30分
                     最終日は15時まで
東川文化ギャラリー 東川町東川1-19-8
          TEL 0166-82-4700
入館料は200円です。子供は無料。

場所は もと旭川電軌の終点です。歴史館に電車が保存されています。




17日に丸一日かけて展示をしてきました。
こちらはこちらでいい雰囲気。昨夏のCANON展のときよりよくなったようにも思います。すごく新鮮な感じで、私自身も感動しました。
空気が違うのかなぁ。


展示中に取材されました。
北海道新聞社と、旭川新聞社です。
作品前で写真を撮られたとき、お返しに?こちらもパチリ。


文化ギャラリーの皆さんです。


すべての展示を終え、オープンを待つ会場入り口です。
外はすでに暗くなっていました。
明日からが楽しみです。

さて、5月5日は尚敬、泉のギャラリートークがあります。

1部   11時~12時
2部   14時~15時

定員30名なので、お早めに文化ギャラリーに申し込んでください。
TEL  0166-82-4700
参加費は無料(入館料は200円かかります)。




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旭川駅

旭川では、駅に直結しているターミナルホテルに宿泊しました。
改札からドア一枚でホテルのエントランスです。
部屋に入るとここでも駅がバッチリ見えました。


雪が降ってきました。すごい寒さ。


夜になっても断続的に降ってきます。


雪が小康状態になると、遠くのネオンが望めます。


翌朝の光の中の駅です。昔の構内跡に建設中の2階式の駅がだいぶできてきています。遠くにSLのラウンドハウスが見えたのですが、写真から分かるでしょうか。

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キハ40

函館から長万部までは特急。
1時間待ちで山線経由のキハ40に乗車しました。
番号は818、北海道仕様の座席3列、700番代車です。
発車して山岳地帯へ入ると、4月というのに残雪はあるある。
線路の中も解けずに残っています。
そんな風景も車内から撮影しましたが、今回の写真は室内をお見せします。


長万部のキハ40818.右手にあったSL時代のヤードは更地に。


3列の車内。


1列の座席です。


2重窓とワンマン運転台。


扇風機にはおなじみJNRマークが。

天井を見渡すと広告は自社のものが中心です。








それでもバラエティに富んでいます。
乗客は終始3~5人程度でしたが、仁木からは座席も埋まり、立つ人も。
小樽からは快速と特急を乗り継いで旭川へ。




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函館市電を撮影

津軽鉄道の撮影後、JRを乗り継いで函館に行きました。
まだ低床式の新車,960を見ていなかったので、東川に行くついでに立ち寄りました。
まず函館駅前で撮影したのち、市役所前まで歩きながら狙いました。


低床式新車960形は、さすがに静かでした。


準低床式の8100形。


おなじみ8000形です。


3000形が710形(716)を牽引しています。珍しいシーン。


2000形です。


710形。松風町まで歩き、再び市役所前まで戻りました。


30形です。雨模様だったため、前の2本はウヤでしたが、午後2時ごろやってきました。
いいですねぇ、2軸車の動きは。
4月15日の撮影ですが、30形は冬の終わったこの日から運転再開です。
これから秋まで、火曜日を除いて毎日走ります。



この夜はハーバービューホテルに宿泊。函館駅がバッチリ見える部屋でした。
魚がおいしい朝市は残念ながらパス。
カメラは市電がニコンD80.夜景はリコーGRデジタルです。

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津軽の森林軌道跡

写真家の杉崎さんの運転で、森林軌道跡をたどりました。
時間がすこし空いたからの挑戦ですから、前もっての調査とかは無しでした。
とはいうものの、そこは好きな仲間同士ですから、基礎的なものは備わっています。まずはそれらしき道路をたどり山に向かいました。


道は田園の中をクネクネと曲がります。何の障害物もないのに。
これは勾配を克服するための曲線でしかないようです。


道はやがて川沿いになって森も現れます。




杉崎さんがいち早くレールを発見。
そく撮影です。カメラはリコーGRデジタル。後から、ニコンの一眼レフでも撮ればよかったと後悔しきり。


このシーンは上の写真とは別ルートですが、こちらのガード下ルートも、なんとなく軽便跡の匂いがします。
いずれ本格的に・・・。
なにしろ、日本初、しかも最長をほこる森林軌道なのですから。

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津軽へ

JR五能線五所川原駅に下りると、正面に駅前通があります。
その左角に、旅行雑誌などにたびたび登場の「平凡食堂」があります。
名前がユニークです。
朝5時から開いているので、特に旅人に人気のようです。
地元の人もよく訪れるらしく、”おじいさんのお袋味”だそうで、年齢のいった親子が切り盛りしています。
したがってと言うか、見た目、清潔そうではないのが味とか。



「平凡食堂」の店内です。りんごと相撲が津軽名物です。


「平凡食堂」の朝定600円は、どんぶりご飯に味噌汁焼き魚。


津軽鉄道沿線でいただいた”シジミラーメン”。一応名物です。


五所川原駅に隣接の商工会館1Fには、なんとフレンチが。
これがけっこういけるのです。
いつも津軽乙女たちで満員。

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津軽鉄道へ

応援写真集制作のため、再び津軽を訪れました。
今回の私の仕事は「観音」と言ってピラピラと広がるページ用の撮影と、写真に写りこんでいる情報の確認です。


玄関入り口の看板です。


社長さん、役員さんと打ち合わせ。


今回の応援写真集の表紙です。オレンジ色は”メロス号”に合わせています。


付録の乗車券のデザインを検討中です。切符は津軽鉄道で制作します。


今回泊まったホテルフロントにこんな絨毯が。キハ23のようにも見えますが・・・。

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吉木康雄さんからのメールをそのまんま

> 仲良しカメラの復活
>
> さて このカメラ「CANON?-D」は1954年に、父が私(康雄)の合格祝いに買ってくれたものですが、当時は高級機に属し、大切な1台は仲良しさんがお互いに貸したり借りたりして楽しんだもんです。

 廣田プロがこのカメラで撮った傑作が幾つかあります。
RM誌2001号「寿都鉄道」に厳寒の北海道の8100型の白黒作品が載ってますが蒸機への愛着が一杯に溢れています。





 作品は記録によると1959年のイノシシ年ですが今年もイノシシ 彼も私もイノシシ お互い随分年を取りました。

> こんな経緯のカメラなので昨夏の泉さんとの「2人展」にこちらからお願いして記念陳列してもらいました。
 廣田プロはすぐに私の下心を見抜いてなんと静態保存から蘇らせてくれました。
>   
 さて動態保存機になったら走らせたくなります。
 運よく孫が希望校に合格したお祝のリクウェストは
「あの廣田さんの使ったことのあるCANONを持って、じじ&孫の鉄道旅」です。
 廣田プロが中学の修学旅行でベビーパールをもって長いプラットホームを走った京都駅。天橋立、小浜線、敦賀、金沢、北越線を通る鉄道フアンが考えるコースになりました。
 孫からは
「160km、JRの最新の単車運転電車、ファーストナンバー、でか目ライトーー」などびっくりするワードが出て ジジはご満悦でした。







>
> 昭和29年に買ったカメラが蘇ったのも奇跡ですが50年も前に貸したり借りたり横に動いたカメラが今度は縦糸になって孫が喜ぶものに繋がりました。  
>
> 吉木康雄    

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