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「国鉄特急」の写真

「国鉄特急」の本は、12月4日に出来上がると連絡が入りました。
数日後には書店に並ぶと思いますが、鉄道図書を優先的に扱う書店では、いち早く積み上げられることでしょう。
ご期待ください。

印刷所に戻す初校のデータが手元にありますので、アップしましょう。
いずれも第一章の冒頭部分です。



田町電車区で並んだ「とき」161系(左)と、「こだま」151系です。絵本用として「こだま」を撮影に行ったときのものでした。
本番は子供のモデルを配し、4×5サイズに改造した木製暗箱を用いましたが、この写真は絵本撮影が終わってから、6×6で捉えたものです。
使用機材はマミヤC3.セコール105mm。1963年の撮影で、8~9ページに掲載します。




東京駅を後にした「つばめ」12両編成です。列車の右手には、京浜東北線南行きの73系と、カナリヤ色の山手線101系が写っています。さらにその奥には東京タワー、手前には建設中の新幹線レールが確認できますが、この本の第四章では、同じ位置から撮影した0系営業車を掲載しています。比較対象すると、興味は倍加するでしょう。
マミヤC3、105mmで、1964年の撮影です。




「はつかり」の試運転が奥中山で行われ、私は国鉄外務部T氏の依頼で撮影に行きました。カメラはやはりマミヤC3です。
3日間撮影しましたが、天候は1日晴れ、1日雨でした。
「フイルム、いくらかかりましたか」と担当から聞かれました。
撮影カットは20枚弱でしたので、フィルム1本半分の代金を述べたところ、その分現金で頂戴しました。その場でポケットから出したお金だったので、文字通りポケットマネーからの支払いだったと思います。
同行した紹介者の黒岩さんが心配してくれました。担当もいろいろ配慮してくれたようですが、そのままでした。組織的に困難だったのでしょう。でも若かったし楽しい撮影行でした。
撮影した晴れたときの写真には、いい姿写真が含まれていましたが、外務部と出版社に行ったきりなのが残念なところです。
しかし、情緒的な雨のシーンとサイドからの写真が1点ずつ残っていたのが幸せです。今回はその2点を使用しました。

ついでに述べるとこのときの撮影は国鉄が海外に知らしめるパンフレットの製作で、「ビジネス特急電車」、「20系ブルートレイン」、そしてこのときの「ディーゼル特急」の3部作の一つでした。
もちろん他の2部も黒岩さんのデザインで、カラー撮影は私が関与しています。
20系の食堂シーンでは、友人やガールフレンドに特別出演(モデル代は私のおごり。京橋の”ささや”という民芸のみや)をお願いしたものです。

これらの一部は数年前に「鉄道ファン」の付録に使われていたので御記憶の方もおいででしょう。




前の3点校正刷りの写真の上に、赤で[解]と帰してあるのは、解像度に注意してほしいと、印刷所に注意を促したものです。
近頃は製版もデジタル化しています。注意しないとこの写真のようにドットが現れてしまうのです。
この写真は校正刷りをカラーコピーしたもので、極端に荒くなっています。
もちろん校正刷りのままでもよかったのですが、[解]は、よりクオリティの高いものを目指している現われの一つと解釈してください。




キハ80系の先頭車、キハ81形の頭を並べました。14~15ページに当たります。
キハ81は全部で6両製作され、「はつかり」をはじめ、「つばさ」「いなほ」「くろしお」などに用いられました。さすがに紀勢線の時代になると、正面に疲れが見えますが、よくがんばってくれた特急です。
文字に赤字が入っていますが、これは最後まで梅原さんが推敲していた証です。彼もがんばりました。



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