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余部鉄橋

余部鉄橋1

全国鉄橋サミットが10月21~22日、余部鉄橋のある兵庫県香美町で開かれます。
余部鉄橋は日本海に面した、あの高い、優雅な鉄橋です。
長さおよそ300メートル、高さは40メートルもあるのです。
潮風をまともに受けるため老朽化が激しく、安全性と定時運行のためにも架け替えが必要となり、脚光を浴びることになりました。

東京駅では“純ちゃんまんじゅう”とか“晋ちゃんまんじゅう”が売られ、人気だそうですが、余部では、さすがに“鉄橋まんじゅう”は売られていませんでした。でも、あって不思議がないくらいの盛り上がりです。

サミットは2日間です。日本は山国なので、いたるところに鉄橋があります。
写真的にも有名な、青梅線、立野の白川橋梁、会津の只見川橋梁などの村長さん、
町長さん、市長さんが来られて語り合いもするそうで、これも楽しそうですが、
私が注目するのは、このほかに3つあります。

一つ目は、青木栄一さんの講演です。題して「日本の鉄道と橋」。工学的見地からではなく、地理的人文的見地からの話なので、鉄道写真的にもすごく参考になりそうで期待しています。
二つ目は「建設とサビと闘った歴史」と題した、元国鉄職員の話です。
学問ではなく、実際に携わった方々の生の話なので、これも
鉄道写真の参考になりそうです。

三つ目は21日の「急行あまるべ」の運転です。
キハ28+58×2の国鉄色4両編成が、姫路~浜坂間を1往復運転しますが、
そのほかに浜坂~香住間を2往復します。
しかも余部鉄橋では、徐行運転のサービス付です。
ダイヤなど、詳しくは「レイルマガジン278」11月号51ページを。
講演を聴くか、鉄橋を渡るキハを撮るか、悩むところでしょう。


香美町のパンフレットです



余部鉄橋2

「鉄橋サミット」に先駆けて、香美町の中央公民館で講演をしてきました。
公民館だし地方なので、集まって30人かなぁと思っていたら、さにあらず、
地方の公民館は今や都会にないような、すばらしい“劇場”です。
舞台は広いし楽屋もしっかり造られていて、ちょっとしたお芝居などもできそうです。もちろん客席はゆったりとして椅子の数は300席。
さすがにキヤノンSホールのように、満員とはなりませんでしたが、
楽しいひとときでした。

私は、余部鉄橋は大空に現れた虹だと思うのです。
時が来れば次第に淡くなり、最後は消えてしまいます。
美しいときに写真を撮り、美しさを心の底に刻み込むことができたら、
その人はきっと、幸せでしょう。



講演会とライトアップの報道記事です。産経新聞、レイルマガジン278号



余部鉄橋3

余部鉄橋のある香美町は、日本海に面した静かな町です。
こちらで想像していたより面積は広く、立派な漁港はあるし、海水浴に適した砂浜もあるし、切り立った断崖もあって、1時間毎に観光船が出るほどです。
平地での、人々の豊かな生活ぶりが垣間見られました。
一方、平家の落人集落もありました。こちらは狭い敷地で生活しています。
かつては道路もなく、崖下のわずかな空き地に設けられた船着場だけが、
外界との繋がりでした。

明治時代に細い路が開拓されました。
学校に行く子供たちは着物に草履履き。前を進む人の帯をしっかりと両手で持ち、
繋がって歩きました。道幅30センチほど。崖に落ちたら這い上がることも難しかったそうです。
無事余部の集落に着いたら鉄橋を徒歩で渡り、鉄道のトンネルをくぐって学校のある香住へと向かいました。大変だったんですね。

現在集落には30戸の民家と分校があります。
3年生までは分校で学び、4年生からは余部の小学校にスクールバスで通います。
本校は鉄橋の少し山側にあります。場所や姿は写真撮影でおなじみと思います。
分校の生徒数、今年は合計3名です。
落人集落、若い人が居つかないのかと思ったら、そうではなく、
お嫁さんにも不自由ないと長老が語ってくれました。それなりに裕福のようです。




落人集落と分校です。畑も墓も集落に同居しています。



りんご

実りの秋です。
今年の作物は豊富で、我が家には、りんごがたくさん送られてきます。





赤いのは盛岡からの“つがる”や“あかね”で、妻が数年来、身障者施設のボランティアをしているため、お礼を込めて送られてきました。

グリーンのものは“ブラムリー”。イギリスから導入したクッキングアップルです。
詳細は「広田せい子のハーブガーデン」へ。

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健康

27日、およそ1年おきに行っている健康診断をしてきました。
近所の医院で、およそ1時間半の行程でした。結果は2週間後とか。

普段の私はいたって健康です。
気がかりは腹が出っ張りだしたことくらいです。
腹筋運動をすればとサゼッションをうけ、屈伸を10回行いましたが当然効果なし。
「そりゃそうだ、毎日1時間位しなければ」といわれてしまいました。
どのくらい出ているかは、10月半ばに発売される「サライ」をご覧ください。
やばいですよ、本気で凹ませなければ。

いま発売中の「サライ」巻頭インタビューには、YS11開発の陰の功労者、
近藤次郎さんが登場しています。89歳だそうです。YSも40歳と長寿。
「人間も飛行機も、現役でいる秘訣は定期点検。予防が何よりも重要です」
イヤーブック『鉄道写真』では屋久島取材でYS11に乗りましたが、
今年日本の定期路線から姿を消すそうです。
しかし自衛隊や海外の航空会社でまだまだ現役で飛び続けます。
私も検診を怠らないよう、健康には気をつけましょう。

友人から“リゲイン”が、どさっと届きました。
それからウコッケイカプセルやニンニク丸を届けてくれた方もいます。
いずれも愛用しています。





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吉祥寺へ 1

写真絵本「のりものアルバム」は今年25周年を迎え、
8月に『JR特急100』と『電車1338』を記念出版しました。
今回はその次の号、『首都圏の電車100』をまとめています。
締め切りは9月末。広田泉と手分けしての撮影です。




先日は久しぶりの晴れ間を利用して、東京西部の撮影をしてきました。
まずは南武線205系をキャッチ。
登戸、稲城長沼までの電車の空き具合に比べ、終点立川までの混雑振りには
驚きました。差がありすぎます。
 



中央線快速201系は乗換駅で、ラッキー並びが撮れました。




武蔵野線は駅間をかなり歩いて狙いました。ELもやってきました。
写真はEH200型とEF200型です。




多摩都市モノレール1000系は立川付近で。




中央線特急は吉祥寺で押さえました。新宿13時発の257系です。

午前中の撮影は、これで一段落しました。
改札を抜けると駅前のハモニカ横丁からアーケードを流し、
地下のスパゲッティ屋で遅い昼食です。
吉祥寺の駅前を歩くのは初めてかもしれません。
人と小さな店が多いのにびっくりしました。
家人が喜びそうな雰囲気なので、翌々日、仕事抜きでこの街を訪れました。

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吉祥寺 2



その日も、駅前は賑やかでした。
ハモニカ横丁に入ると、どこか世界が変わったような独特の雰囲気です。
小さな店が、ハモニカのようにずらり並んでいます。




お客さんが10人ほど並んでいる和菓子屋さんでは、最中を買いました。
その少し先では急須。しかも3個。
これらの件は「広田せい子のハーブガーデン」をご覧ください。




路地から路地へ、横丁から横丁へ。アクセサリーショップや小さな花屋さんもありました。




ジーンズショップでは、路地に並べたカラフルなTシャツが目に付きました。
私どもの住まい近くのユニ○ロ、ギャ○プでは手に入らない代物です。
アメリカ製なのでサイズは慎重に。

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吉祥寺 3



横丁を歩くとラーメン屋さんやいろいろな食品を売る店が目立ちます。
そういえば、そろそろお腹の空く時間です。




写真左は、生のパスタを茹でてくれるスパゲティ屋さん。左は先日お土産に購入したワラビ餅。深入りの黄な粉をまぶしてワンパック525円でした。




最初に購入した、もなか屋さんの隣の行列は相変わらず長蛇。
むしろ、先ほどより増えたかもしれません。全員、メンチカツがお目当てです。
きっとおいしいのでしょう。




私たちの昼食は、たんす屋さんの2階にある、讃岐うどんにしました。
それぞれワカメうどんと、ぶっかけを注文。
カトキチよりも腰が強く、満足です。
入り口に「うどんは立つのが本物」というような、香川県のポスターが貼ってありました。ポスター写真のうどん、本当に立っています。
よくみると、香川県の“か”の字に立って…、おしゃれ。




お腹も目も満足して、再び駅前に。さわやかな都会の秋風が吹き抜けます。
鉄道をちょっと外れた、小さな旅でした。


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麗しのM8

まだ現物を見ていない。
だから麗しいのかもしれない。
困ったことに、昨夜からM8熱に侵されている。
同じ“ハチ”でもスズメバチに刺されては命がないが、
M8熱なら命に別状はない。買ったところで、たいしたことはない。
と思うことにしている。いまのところ。

M8のスリーサイズは[138.6×80.2×36.9]。
M3と比較すると、厚み、高さがおよそ6mmプラスされている。
手のひらの大きな外人ならいざしらず、ストラップをしっかりつけていないと落としかねない。
そのときは、「デジタルだろう、消耗品さ」と言えるかどうか。

吉木さんから関連のファックスが届いた。

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「キャパ」も25周年


編集長の石田さん(すてきな人たち参照)から連絡が入り
「キャパ」が25周年を迎えたことを知りました。
「本当ですか、もうそんなに時がたってしまったのですね」
 


立ち上げから力を注いでいる講談社の幼児図書
「のりものアルバム」も
今年で25周年を迎えました。

現在制作している書籍の編集
服部一景さんが誘ってくれたビアホールは
彼が25年前に足しげく通っていたところとか。
このところ、25周年に縁があります。

「25周年記念号はね、25人の写真家に登場願おうと思っているんです。それぞれのポートレートは当時使用のカメラを手にして」

私は、1994年発売のコンタックスG1になりました。
(キヤノンでなくて残念)
「F-1は創刊より前の製品なんです。キヤノンは希望者が多くて…」
G1を手にするのは久しぶりでした。



触れると10年間放置しておいたのに稼動するではありませんか。
驚きました。
電池(CR2)がまだ生きていたのです。信じられない。




早速、そのまんま餘部の撮影に持参しましたが
このときの写真と顛末は
次回の「鉄道写真」で披露したいと思っています。

編集部の鬼沢さんから送られてきた目次を見ると
錚々たる方々が登場します。
期待できそう。
表紙を入れて284ページと厚い号になるそうですが充実の証です。
「CAPA」10月号は連休明けの20日に店頭に並ぶそうです。


▲目次ページのリードです。このような文章が記されています。

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リコーフレックスを肩に

キヤノンギャラリーSの「二本のレールが語ること」に
最も頻繁に来てくれたのは、親友の吉木康雄さん(すてきな人たち参照)でした。

会場に展示したキヤノン?Dの持ち主でもあります。
その彼がブログを見て、昔の写真を送ってくれました。





服装からも分かりますが、昭和30(1955)年とすれば、学生でした。
私の肩から提げているカメラはまさしくリコーフレックスです。
リコーはずいぶん周囲の人たちに薦めました。
中学の同級生の何人かも、その後このカメラを購入しています。
展覧会の会期中に、吉木さんの計らいで中学時代のクラス会が開かれました。
場所は写真展会場近くの居酒屋です。
私たちは芝に生まれ、三田の高台にある赤羽小学校に通いました。
3クラスありました。 中学はほとんどの人が近くの正則に入学しました。
同じく3クラスです。
新制中学と定められた港中学は工事遅れで開校できず
1年限りの処置でした。
私たちは戦後の混乱期に育っただけに仲良く
1年に2回は会を開いています。
そういえば今回も記念写真を撮らなかったなぁ。

私たちが幼いころ過ごした小学校周辺の街も
ご多分に漏れず開発が進みました。
都電の2,7番が走っていた三田の電車通りは広くなったし
4,5番の路線、三の橋から赤羽橋にかけての道路も
あのころの面影はありません。
そうした中で小山町だけは昔の木造家屋や長屋がそのまま残っていて
いい雰囲気だったのですが、高層マンション化の工事が始まりました。
こうなると残りの木造家屋は、もはや実家くらいか…。

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まさかのM8

ライカから新しいカメラがデビューします。

パナソニックと同一バージョンではなく、
外観はドイツ(ソルムス)製のデジタルカメラ“M8”です。
スタイルはこれまでの“M”型を踏襲しているのです。
もちろんレンジファインダー、Mマウントのレンズ交換機です。
発売はこの11月。
気になる価格はエプソンR―D1の倍、 57万7500円だそうです。


▲「日本カメラ」10月号掲載のライカM8。1,33倍の1030万画素CCD(日本製か)、マグネシウム合金製ボディ、8000までの縦走りシャッター、秒2コマ、大きさとスタイルは従来のM型を踏襲、W545g。 クラブキャパのサイトからライカの説明にアクセスできる(ドイツ語的英文)。

このカメラを知ったのは昨日9月16日土曜日
「日本カメラ」10月号の6ページにわたる記事からでした。

早速ライカ好きの名取紀之さん(すてきな人たち参照)に電話を入れ
二人で仰天しあいましたが
その後、キャパの小倉さん(すてきな人たち参照)
から教えてもらったサイト
クラブキャパニュースとデジカメジンにもエキサイトしました。

とくにデジカメジンはすごい熱気。
書き込みは私の知る前日かららしく、すでに57を越えていました。
価格については「高い」と「妥当」が半々で
中には 「欲しいけど5Dで我慢して
残りの現金は嫁さんにプレゼントします」 というものも。
本音とは受け取りがたい?ですよねぇ。

実は1ヶ月前からライカを復活させています。
M2にズミクロン35mm8枚玉を装着して都内の電車を撮影。
餘部のライトアップの鉄橋撮影にはG1使用と
徐々に熱を帯びています。 M8はフォトキナで発表し
早くて来春の発売と思っていただけに 正直驚きました。

数日前、パナソニックLX2を使用する機会がありました。
このブログに、その写真をアップしていますが
16:9の画面比率なのですぐに分かると思います。
とにかく液晶は大きいし(2,5型)
使い勝手がよく、写り抜群なのです。
気になるタイムラグもごくわずかで、正直欲しくなりました。

ここでも“ライカやる気だな”と感じ
まだ姿が見えぬデジタルライカに夢が広がりました。

高価だし現時点のデジタルカメラは消耗品です。
しかし、M型というクラシックカメラに
最新のデジタルを内蔵したあたりに私は並々ならぬ魅力を感じます。
“スターウォーズ”も“宇宙戦艦ヤマト”の成功も
古さと新しさの融合にありました。
M8、善戦するでしょう。


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ただいま制作中

社長の福原さんにお目にかかってから今回で6回目でしょうか。
一つの方向が出て書籍が進行しています。
10月末に入稿を完了し、今年中に皆様に見ていただけると思います。


▲構成メモです。デザイナーに手渡す前に、写真をページごとに割り振りします。文章量やキャプションの位置も、この段階で考慮します。

気になる内容、体裁は次回1週間後くらいに発表しますが
およそ40年前から20年前にかけて撮影した写真で構成します。
言ってみればアーカイブス。

私としてはこうしたものは本来後回しにして
元気に新撮したものを次々出版したいと思っているのですが
せっかくお話があったのだからと頑張っています。


▲市ヶ谷にある出版社の作業机です。左が今回進行をしてくれる服部一景さん。右は文章の梅原淳さんです。いいものが出来そう。

展開される写真はすべてカラーです。
大部分が6×6cmのポジフィルム(エクタクローム)で
部分的に6×9などが混ざっています。35mmもあります。
6×9のカメラはマミヤプレスです。
1961年初頭に購入したもので
標準レンズはセコール90mmの4枚玉でした。
ちょうどこの年、雑誌「鉄道ファン」が創刊され
表紙と特集の撮影に使用したのも、マミヤプレスでした。

しかしこのカメラは短命に終り
その前後で活躍した中判カメラはマミヤフレックスC3でした。
標準レンズはセコール105mmで同じく4枚玉でしたが
C3は精度が高く、ピントも良好でした。

プレス購入の前に使用したマミヤC3は
従兄の太田俊太郎さんから借りたものでした。
「尚ちゃん、プロになったら中判も必要でしょう、これ使いなさい」

プレスを手放して購入したのは、やはりマミヤC3でした。
独創的な2眼レフで、その後交換レンズも2本購入しました。

今回の書籍に関係ありそうな6×6サイズのカメラを記しましょう。

●リコーフレックス レンズは3枚玉 昭和20年代後半に購入したもので、シャッターはB,25,50,100だけでした。6×6の特徴を知りえた記念すべきカメラでしたが、レオタックスF入手のため従弟に売却。一時、25枚撮りに改造するなど、工夫を凝らしました。

●マミヤフレックスC3 105mm付 太田俊太郎さんから借用。

●マミヤフレックスC3 105mm付。その後広角と180mm望遠も購入し、現在も所有していますが、すべてのレンズはバルサムが剥れてしまっています。

●ミノルタオートコードの中古を購入。マミヤにない75mmに憧れましたが、∞位置の距離レバーとシャッターボタンが近すぎて間違えやすく、半年ほどでデザイナーに売却。
 
●ブロニカ 75mm付。ブレに悩まされ、結局売却してローライに。

●ローライフレックスSL66購入。
標準80mmのほかに、交換レンズも3本そろっています。
先日ネガカラーを2種10本購入しました。
カメラの状態が、すこぶるいいので撮影してみたいと思っています。





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