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キヤノン主催のオープニングパーティが

(終了しました)

展覧会場入り口の広場で、8月1日開かれました。
来場予定者100人をはるかに上回る方々で、すれ違うのも大変な混雑振りでした。
会話を交わしたのはごく一部の方々だけで、申し訳なく思いました。

キヤノン本部長の挨拶のあと、主賓の鈴木富夫さんにお言葉をいただきました。
「週刊現代」編集長を経て役員になった方ですが、我々は昔から気安くお付き合いさせてもらっています。

古い写真を見たら、1968年の初個展のときも、本当にささやかな打ち上げパーティなのに、参加してくれました。
音羽の“裕次郎”と言われるダンディな彼は、とても優しい人なのです。
乾杯の発声は、ネコ・パブリッシングの笹本健次社長です。
笹本さんがJTB出版にいたころ、私の「永遠の蒸気機関車」に携わったことや、学生のころから私の写真に注目していた事などを語ってくれました。

ネコ・パブリッシングからは、今月その名も「蒸気機関車たち」という初個展と同じタイトルの豪華本が出版されます。
300ページを超える内容で、磨り出しを掲げて披露してくれました。乞うご期待。




挨拶してくださる鈴木富夫さんです。現在、新潟県で読書塾を開いています。
「読書塾」に関しての毎日新聞の記事はこちら。


中央に名取さん、その右に、乾杯の発声をしてくださった笹本健次さんが見えます。会場はこの右手に続いています。

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「蒸気機関車たち」写真展

現在、キヤノンギャラリーSで、親子展を開いていますが、今から38年前、1968年4月に開催された初めての個展の写真を披露します。
会場の富士フォトサロン始まって以来の観客動員数を記録したそうで、鉄道写真、レールファンが世の中に認められた記念すべき展覧会になりました。

私たちには1歳半になる長男、晋がおりました。
会期中は二人で写真展会場に詰めるため、親戚で晋を預かってもらいました。
朝、千駄ヶ谷のアパートを出発して、下十条の親戚経由で数寄屋橋に“出勤”です。帰りはその逆のコースをたどりました。

一日のうちで最も来場者が多いのは、昼から1時半ころまででした。
会社の昼休みにやってくる方々で、遠方から昼食抜きで、という人もいました。

インパクトを与えたのは、動輪のアップなどを展示した冒頭の部分でした。
あの木村伊兵衛さんがふらりと訪れ、「やぁ、おめでとう」と言いながら、冒頭部分を重点的に見てくださったのが印象に残っています。

車のコマーシャル撮影の打ち合わせでしょうか、「タイヤをこう撮って、次にこの写真のように下からあおる」などと声高の輩どもが目を留めたのも、冒頭部分でした。
失礼な彼らは3回くらい来たでしょうか。

ともあれ、初個展のスナップをアップします。
打ち上げパーティのささやかだったこと。


会場入り口近くに掲出のC55です。もちろん九州で撮影した走行中の写真です。



受付には終日、妻せい子が座ってくれました。
この日は、黄色いタイシルクのワンピースです。





会場のスナップ、展示の冒頭部分です。



奥に見える除雪の写真は、今回アーカイブスで展示しました。



狩勝峠の写真が。



最終日の打ち上げです。左から宮田寛之、愛工社社長、飯島正資、吉川文夫、三森康亘、広田昌義、岩本寛光、鈴木富夫の各氏。ささやかなパーティでした。



子供をあやしてくれるのは、今回キヤノンのパーティで祝辞を頂戴した、鈴木富夫さんです。



3人家族の私たちです。晋は1歳半でした。
次男泉はおなかの中。翌年1月の誕生です。



数寄屋橋の富士フォトサロン入り口です。
朝10時少し前、これからシャッターが開くところです。

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