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ワーゲンビートル

CP+の会場入り口に、完璧レストアのビートルが飾られていました。
あれだ、とすぐに分かりました。
ヤナセ100周年冊子に取材されたとき、担当が語っていましたが、細部に至るまでこだわり、ここまでやらなくてもというところまでレストアしたという車でした。
ちょうど運転席に座れる時刻だったのですが、眺めるだけにしました。ダッシュボードが素敵でしたよ。
写真はFecebookにアップしました。
また、私どもの黄色いビートルに関しては、ヤナセ100周年の取材も絡めて、2015年5月24日の私のブログに記してありますので、どうぞよろしく~
黄色いワーゲンを見ると幸せになるといわれていたころの車です!

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稚内・抜海

稚内・抜海の連作を
HIROTAnaotaka.com にアップしました。
一気に30枚を超える数です。

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写真は稚内港の防波堤です。
戦前、サハリンへの乗客は、この手前にあった、稚内港駅からこのドームを歩いて船に向かいました。
船はドームに沿って横付けされていました。

味わい深い写真構成は、3つに分かれています。
稚内港、抜海駅、稚内駅です。

同じタイトルのスチール構成は、実に赴きある作品に仕上がりました。
CP+2019Panasonicブースで3月3日昼近くに1回だけ上映します。
わずか1回ではもったいない感じですが、お見逃しなく。

上映するものは、ちょっとおどけて、丘の上の会館で撮影させていただいた写真(下)も組んでみました!
棺おけまがいのこれ、実は明治初期のベッドなのです。
わらを敷き、熊の毛皮に包まり、蓋をして寒さをしのぎました。
蓋には空気抜きの小さな窓が設けてありました。
使えたのは、お役人だけだったとか。
体験してみましたが、夏だったのでピンときませんでした。しかし、すごいものだったことは確かです。

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小海線の雲

鉄道撮影であまり上を見る機会は少ないと思いますが、
雲の雰囲気って見飽きしませんね。

特にここ、小海線の野辺山は、八ヶ岳の影響もあって、
雲の変化が烈しいところです。

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これを撮影して1分もたたないうちに、変化が・・・

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右の雲が大きく変わって何やら・・・

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もちろんノーカット、文字以外手を加えていません。
左側はトランプに似ているとか・・・

このほか、風塵雷神を思わせるショットも、別の機会に撮影しています。
こちらは動画に使用予定ですが、鉄道写真に雲を単独で作画、発表したのは、
「撮った」だったように思います。

「撮った」は車両なしの写真が、100点以上あり、鉄道プロカメラマンの教科書になっている書籍です。
発売はいつごろだったか。。。もちろん国鉄時代でした。







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京急富岡駅

久しぶりに京急を撮影しました。
坂さんとまとめている、「私鉄特急」講談社のりものシリーズに掲載予定用です。
快速特急などはすでに撮影済みでしたが、1500系の特急が無かったというか、向きなどが異なるなど、選んでいるより
新たに撮ったほうが早いやと出かけました。
特急はラッシュアワーしか走らないんですよね、日中は快速特急になってしまって・・・

富岡で下りを狙いました。
とうぜん、来た電車は大体撮影します。
レンズは 35-100mm(フルサイズ70-200mm)f2.8という、標準的な望遠ズームを装着して待っていました。

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1000系の快速特急です。ここで撮影した1500系の特急は、ギャラリーにアップしてあります。

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壁面の勾配標識。都会もけっこうきつい坂が多いようです。JR御茶ノ水なども・・・。

この駅、勾配標識がホーム脇の壁面に描かれていることで知られています。
ずいぶん前になりますが、ヤマケイの私鉄シリーズ「京浜急行」にも、この勾配標識を取り入れました。
撮影は標識をアップにしたり、ホームの人を入れたりでしたが、実際に使用したのはどのようなショットだったか、はっきり覚えていません。たぶんアップでしょう、誌面も小さかったから・・・。

壁面の標識というのは、神戸にもありました。
東海道線最終ポイントとか1番線に描かれていたけど、東京にもありましたね、どこかに・・・。
探せばけっこうありそうです。都心や地下は特に狭いから。
いや、どこかローカル線にもあったなぁ・・。


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ビスケット

ビスケットの缶が出てきました。どこからか・・・
缶といっても、洋風のおしゃれなものとは違って、写真のようにイワシやパイナップルと同じような缶詰です。
どうやら災害を意識して幾つか購入したものの、仕舞い忘れていたようです。

賞味期限は昨年(2017)の8月ですから、1年以上切れています。
物は試しと、開けてみました。

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味のほうは予測通り、油が浮いているような、昔の肝油を飲むようなで、まぁ災害時なら我慢できそう?
でも ちょっと腹の具合が悪くなったから、災害時は無理。


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ホームの出来事

彼が元気なころは、一緒に各地を旅しました。
仕事で郡上八幡にも行きました。
この時は 染めの取材でした。

彼は大手出版社の雑誌編集者だったので、ともに一緒の旅をしたわけです。
森鴎外の特集担当も彼だったと思います。
この時は津和野や北九州にも行った記憶があります。

彼は私より11歳年下です。背は私より高く、とても穏やかで思慮に富んだ編集者でした。
会社を辞め フリーになってからは「サライ」で連載したのも楽しい仕事でした。
取材だけではなく、映画評論も得意です。

最近は病のため、足が不自由になり、仕事もあまりしていないようでしたが、私の写真展には必ず顔を出してくれてます。
ありがたいことです。
総武線沿線に住まいで、週に1回ほど都心に出てこられます。

ところが1週間ほど前のこと、 JRお茶の水ホームで突然足が効かなくなり、そのまましゃがんでしまいました。
椅子があればそこまで頑張ったと思うのですが、ご存知のようにあのホームは狭いうえに工事を進めている最中です。

そうなんです。周囲に大きな病院をいくつも擁しながら、椅子どころか エスカレータもエレベータもない乗換駅なのです。
私もそうですが、駅利用者は常に混雑の波に押し流されるようにして乗り降りしています。

そのホームに突然しゃがんでしまったのですから大変です。
どうしようもなくそのまましゃがんでいると、偶然駅員さんが近づいてきました。
普段駅員の姿など見えない駅なのに、ラッキーです。
本当にラッキーなことと思ったそうです。

しかし近づいてきた駅員の最初の言葉、
「どうされましたか」
「大丈夫ですか」
ではなかったのです。
想像つかない言葉でした。

「ここで何してんだ、邪魔だ。あっちいけ」

信じられますか!



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いなくなってから

今年の夏は猛暑が続き、蚊の発生もすさまじさがありました。
いつもの 金鳥 では効き目が薄いほど。

もっと効果のあるものはないかと思いをめぐらすと、2つありました。
一つはインドネシアでどなたかが持参した新兵器。
ライターくらいの大きさで、カチンと鳴らすとその部屋の蚊はいちころというものです。
もう一つは森で働く人が欠かせないという 蚊取り線香。

いずれもネットで検索しましたがヒットせず。
それが、暑さが一段落した一昨日、ネットで 蚊取り線香 を発見しました。
さっそくのアマゾンを通し 昨日到着したものの、庭にあれほど飛んでいた連中の姿が今朝は見られません。

どうしたものかと思いましたが、火をつけました。
香りは今までのものとさほど違いはありませんが、赤い姿を見ていると効きそうな気配です。
気配だけですが・・・

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赤色つながりでこんな写真もアップします。
何だかわかりますか。
これの関しては、近々妻が自分のブログにアップするそうです。

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高田さんのC53,鷹司さんのC53

「国鉄時代」を見ていたら、急行旅客列車の項に、見覚えのあるC53の写真が出ていた。
まず高田隆雄さんのお撮りになったC53で、これは「鉄道ファン」誌や、当時の世界ナンバーワンの趣味誌「Trains」にも掲載されていたはずだ。若干後追いの美しいフォルムをとらえた特急つばめの名作は、私の頭から離れたことはない。
鷹司さんの写真は、瀬田川を渡る流線形。いずれもサイドビューで機関車中心、全編成を入れる今風の特急写真と異なるところが特徴的と言えそうだ。

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高田さんのC53つばめ 「国鉄時代」No55より

お二人は当然私より年上、地位のある大先輩で、社会通念からすれば対等に話などできそうにないところだが、同じ趣味ということで分け隔てなく接してくださった。もちろんお人柄によるところも大きかった。

鷹司さんのC53に接したのは私の学生時代で、交通博物館1階のご自身の席に座って、どなたかと手元の写真について話をされているところだった。鉄道友の会の例会が始まる前だっただろうか、私たち機関車グループの連中は鷹司さんの背中越しにその写真に眺め入った。
手に持たれてい流線C53はカビネにプリントされ、どこかの一般誌に掲載予定だったようだ。
対話している大人たちは、鷹司さんの右手、課長席の後ろあたりに3人ほどいらっしゃったが、内容はほとんど覚えてない。淡々とした話の内容から、最初私は誰かが撮った写真について話がなされているように感じていた。

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鷹司さんのC53つばめ 「国鉄時代」No55より

どこで撮ったのか、小学生なのにどうして撮れたのかという素朴な質問が聞こえ、初めて鷹司さん自身が撮ったC53なんだと理解した。その時の鷹司さんの答えは記憶にないが、ごく自然に、普段の生活の範囲内で捉えたものという雰囲気だった。
小学校が京都だったのか、それともその時期 京都にいたのかは不明。東京と京都の関係も知ってないが、ご自身のお墓は京都にある。

ちなみに大学時代は、奈良の日吉館に下宿されていた。奈良といえば日吉館という代表的?下宿の有名館。
「あそこはね、日吉館でなく、冷やし館」 とご自身が語るように、隙間風の入るので有名だったそうである。

鉄道友の会は神田の交通博物館に事務所を置き、分科会や支部も構成されていた。私は発足から参加し、人間関係から機関車グループに所属していた。会の事務的な事柄などは、ほとんど鷹司さんが引き受けていた。
博物館の講堂で行われる例会をはじめ、EF50のお別れ会、DF50の撮影会、キハ55による日光往復旅行など、すべてまとめ役は鷹司さん、友の会にとって、なくてはならない存在だった。

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EF50最後の仕業に集まったファン。上野駅 1956-11-18
鷹司さんはトレインマークの後ろ。西尾源太郎さん、星山一雄さん、鈴木靖人さん、吉川文雄さんのお顔も見える

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EF50にトレーンマークを渡す鷹司さん、上野駅 1956-11-18

機関車グループは友の会の一部というより、独立した仲間グループという存在だった。
大きく逸脱はしないものの、好きなことを好きなように行動していた。
小名浜臨港1泊旅行もその範疇で、会に行動を届けるでもなく、夕方の鈍行415系に乗って小名浜に向かっている。
この時は行き先もユニークなので、鷹司さん、吉川文夫さんも参加してメンバーは10名ほどだった。

宿は当たり前のように予約など入れてない。学生さんならということで素泊まり格安、駅前商人宿に宿泊している。ベージュのハンチングを被った鷹司さんも、いつの間にか学生になっていた。
その夜はほかに宿泊客がいないことを理由に、遅くまで騒いだ。お酒は鷹司さんの差し入れ。誰かがアッシーになって酒屋の門をたたいた。
よく朝は四ツ倉のA8の撮影。はつかりC62とA8の並びも狙った。小名浜の古典機は最高だった。好天に恵まれ、渚にも足を延ばした。

機関車グループは飲み会も行っている。田町の町田屋で、4~5回ほど。町田屋は三田通りに面した蕎麦屋で、2階の座敷から都電の7番が見えた。会費は300円ほど。めいめいのお膳にお銚子が1本、小鉢2つ、締めに盛そば一枚がすべてだった。これで3時間は粘っただろうか、この時代の定番のように全員でY歌を歌い、最後はメンバーに関係ない大学に敬意を表す校歌を歌った。
鷹司さんはほとんど皆勤。NHKラジオ 話の泉 のお仲間、堀内敬三さん、組紐の道明しんべいさんを誘って来られることもあった。お二人も機関車ファンである。

話の泉 といえばあるとき 次の2つの音楽に関係あるものは何? という問題が出て、炭坑節と 煙が目に染みる という曲が流れた。すかさず手を挙げたのは常連の鷹司さん。NHKアナウンサーがびっくりして、ハイでは鷹司さんと云っていいのかどうか一瞬間があった。
でもご本人は「煙で目が染みます」と素直に答えられた。その時、戸惑ったようなほっとしたような空気がラジオから感じられ、私も安堵した記憶がある。

堀内敬三さんは作曲家で、ラジオや新聞にお名前がよく出ていて、当時、文化人と呼ばれていた。
音楽通、それもクラシック大好きの鷹司さんは、堀内さんやほかの音楽家との話の合間に、一度オーケストラの指揮をしてみたいと漏らしたことがある。まぁ音楽好きなら誰もが夢見る。それを聞いた関係者が、
「うちの楽団のこれこれの曲なら、もしも指揮を失敗してもちゃんと演奏できますから、やりませんか」
と云われたそうだ。
「しかしねぇ、それでは面白味がないし、週刊誌などに悪く書かれたりしたら・・・」
ということでお断りしたそうだけど、とても残念そうでした。

これと同じように、2~3回聞いたのは、フルトベングラー。
偉大な指揮者で来日もしているが、これに対し日本のH・Kは、ひじから先しか動かさず、団員が戸惑うから フルトメンクラウ!

鷹司さんの愛車は、長いこと モーリス だった。比較的小さな車で愛らしい形をしていた。色は渋めのライトグリーン。
あるとき機関車グループの全員を乗せるといったのでみんなで乗り込んだ。8人いただろうか、全員がぎちぎち収まった。
さあこれから銀座に向かうぞというものの、さすがに事故など迷惑をかけてはと、走るのは控えていただいた。
しかしこのままお堀の直線を疾走したら爽快だったろうと、今にして思えば…。

鷹司さんの家は千駄ヶ谷にあった。あるとき、機関車グループ全員がご招待を受けて伺った。
しかし当時の学生は裸足にズック靴というものもいて、上がったとたん、上がり框にべったりと足跡が!
出迎えの和子様の明るい笑いを誘った。

もてなしの仕方も奥ゆかしかった。
それぞれのごちそうは、最初、一人分ずつ和子様が丁寧に運ぶと、目の前に 静かに置いてくださった。
毎回 厨房から居間へ、人数分往復された。
ちょっとかしこまったけど、楽しい集いだった。

C53流線形、「国鉄時代」の写真を改めて眺めると、過ぎ去った半世紀昔の一コマ一コマが思い出され、涙した。
鷹司さんたちとの思い出は、半分ほど記したようだ、今回は ここらへんで・・・。




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パリの紅茶

息子のお嫁さんがパリのお土産に紅茶を買ってきてくれました。
TheBlanc(テ ブラン)とあるように、透き通った色合いです。

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でもこのお土産、数年前のもの。
もったいなくて、普段使いにできなかったので、
もはや賞味期限が過ぎたと思います。

心なしか香りが薄れたので、先ほどお客さんに ブレンドしてお出ししました。
美味しかった!

今頃のパリ、マロニエも色づいていることでしょう。

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缶ちがい

ビールは好きだが、特定の銘柄を固持しない。夏はこれ、涼しくなってきらら少しコクのあるものというように気候の変化にも関係しそうだが、それほどこだわるわけもなく、もっぱらその時の気分で購入しているようだ。
今年の夏は特別暑さを感じ、Asahiスーパードライを愛飲していた。今月に入ってからはKirinがいいかなと、酒のスーパーで段ボールに入った24本入りを購入した。
家で開けたら赤い缶が躍り出た。

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そうかKirinも衣装を変えて、本気モードかと思いながら飲んでみると・・・・、
あれ、水っぽい、コクがない。
本キリンとあるから、グレードアップの製品かと思いきや、そうではなかった。

捨てるには忍びない。1か月近くはこれで我慢しようと毎晩続けているうちに、本キリンがおいしいと感じ始めたから驚きだ。
間で数本残っていた別の銘柄のビールを飲んでみたものの、妻は本キリンのほうがいいと云う。私も同様、
我々は順応性が高いらしい?!

最初は途方に暮れた24本も毎日1本消費され、残り少なになってきた。
近所のスーパーに行ったついでに、妻がかなり気に入りの本キリンをと、ビニールの手提げ風に入った6本入りの赤いのを購入した。
ところが飲んでみると、違う!
私には、おっ変わったみたいコクもあるし色彩がきれいと感じた。妻も変化に気づき、前のほうがよかったと云うではないか。

よくよく缶を見たら、Yebisu Premium!

ビール業界は混戦というが、老人をだますようなことをしてはならない。
いや、だまされているのは私だけか?

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